負けないから(^_^)v
今月のはじめに 、
ハイビスカス。
花つきが悪くて
心配していましたが、
やっと蕾がつぎつぎと・・・
猛暑が続いています。
何もしないでいると、
よけいに暑さを感じますから
三河もめんの縦縞なので、、
横幅はわかりますが、![]()
縦はおよその見当ですくって進めています。(~o~)
ヘラやチャコで印をつけてもじきに消えてしまいますから…
手前の白いのはスカートです。
ウン十年前に作ったものですから、ウエストが入りません。![]()
ベルトを取り外し、付け替えて、徹底的に直しているところです。
面倒な作業ですが、(>_<) 暑さを紛らせるには適しています。
この年ですから、
こういう真っ白なスカートも安心して
着られます。
誰も見ませんよ
ばあちゃんのスカートなどは。
手持ちの、黒地に白の花柄のブラウスに、ぴったしです。![]()
紛らしたいのは、暑さだけではありません。
ミョウに寂しいです。(-_-;)
原因1、知人が今月になってから二人も亡くなりました。
私より1~2歳年上の、元気な人でした。
原因2、自分は何もかも中途半端だなあ、と思うから。
孫は育ててきたけれど、
「お母さん」になれるわけではない。
あの子たちの人生の早い時期に、
さよなら、バイバイだよ。(^o^)丿
姿かたちは婆さんなれど,
婆さんらしいゆとりはない。![]()
今まで生きて来て、
いったい何が身についたって言うのかい![]()
何もかも中途半端。
「誰もみな同じだよ」と爺さんが慰めてくれたし、
「ばあちゃんは完全に変な祖母ちゃんだよ。ハンパじゃない変人さ」
と、孫は言ってくれはしたけれど・・・
こんな時、
針持つ手を休めてめくるのは、
いつものあの本。
曽野綾子の 完本 戒老録 自らの救いのために
○ 明るくすること。心の中はそうでなくても、外見だけでも明るくすること。
壮年時代に、人間はどれだけ耐えてきたことか。それは他人の意を迎えるために、あるいは得をするために我慢をしてきた、ということでは決してない。
社会には、あまりにも違った人がいるから、その人たちの存在を有意義にし、一緒に仕事をするためには、当然のことながら、人間は誰でも譲ってきたのである。そしてそれはみじめなことでも少しも悲しむべきことでもない。それによって性格が鍛えられることはあっても、普通は歪んだりすることはないのである。
しかし年をとると、この耐えるということに対する根本的な力がしだいに薄れてくるものとみえる。
身体が悪くなり、能力がおとろえ、親友が死んだら、暗く、悲しい思いになるのも当然である。当然だから、そのままそのような顔をしていていいということは、この世にはないのである。
外見だけでいい。心から明るくしろなどということはできない。人間は、そのような嘘ならおおいについていいのである。明るくふるまうことは、外界への礼儀である。表と裏の差にきずついたり嫌がったりするのは、センチメンタリズム以外の何ものでもない。
最初の「戒老録」が発行されたのは、昭和47年11月でした。
私は早速買い求めて読みました。
当時、私は35歳でしたが大切な一冊となってくれました。
老人のためだけの本だとは思われませんでした。
完本が出たのは平成8年5月でしたが、また手に入れて
今日に至っています。
暑さにも、ミョウな寂しさにも、負けられませんね。
言葉の持つ力強さを思います。
力ある言葉に励まされて、人は生きるのですね。
長くなりました。終りまでお読み頂き、ありがとうございました。
お体に気をつけて、猛暑を乗り切ってくださいね。
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