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2008年8月の記事

2008年8月30日 (土)

ネコが好き

Img830_0001 1982年の写真です。

立派な?ネコの多頭飼い。

猫鍋ならぬ

=^_^=ボックスです。

この中の、

三毛猫ミイコの生んだ仔は、Img830_0002

7㎏を越える巨大ネコになり、

名前をアトムと申しました。







P1060033 ネコの絵本は

今も私の宝物です。

「スイッチョねこ」は

私が幼かった息子や娘に

読んで聞かせた絵本です。

1966年、1971年の発行で、大佛次郎の名作童話です。

他にも、ネコ絵本、小説、エッセイ、などを大切に持っています。

友だちからもらった、面白い猫の本もあります。

P1060034 P1060035


宝くじが当たったら、

この家を建て替え、ネコハウスも建てたいです。

もう、室内飼いは、祖父ちゃんが許さず、

外ネコは、冬が可哀そう、

そして、みんな車にはねられて

ネコ天国へ行ってしまうから。

           cat  cat cat cat cat

いつも、肩凝りの素みたいな

縫い物の記事ばかり書いていますので、

自分もほっと出来るような記事を書いて見ました。

大雨の被害が、これ以上出ない事を願いながら・・・

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2008年8月28日 (木)

スモック刺繍の刺し方

スモック刺繍の刺し方です。

関心をお持ちでしたら、クリックで拡大なさって下さいね。


    Imgsumokkusisyuu

私は習ったわけではありません。

人さんのエプロンのスモック刺繍がきれいだったので、

自分もしてみたくて、本を買って始めました。

ですから、自分の好きなようにやっているだけです。

P1050977 P1050979 P1050981

どの段も→に進んで行きます。

P1050982 P1050984 P1050986

P1050989 P1060008 P1050998

最後の写真は布の持ち方です。

人さし指と中指で上の方を、親指と薬指で下方を持って、

布を上下にのばすように刺して行きます。

左手も、あんがいに力がいるのですよ。

写真も、説明も、へたで、すみませんね。

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2008年8月27日 (水)

頭が働かず(-_-;)

P1050716 涼しすぎる毎日で、変な感じです。

あの猛暑がなつかしいし、

その一方で、

このままで済むわけがないと、

思いながら過ごしています。

写真は暑かった頃のパキスタスの花です。早朝でした。



身体は楽なはずなのに、時々ごろんと寝転がっています。

頭も、あんまり働きません。

暇でもないのです。するべきことは、たくさんあります。


        P1060011_2

小5の孫、かりんの体操服です。

上が1学期に着ていたものですが、

2学期はもう着られそうにありません。

下のは、ねーさんが6年生の時着ていたお古ですが、

これを着せたいと思います。

すぐに運動会の練習が始まりますから、

胸に名札をつけなければなりません。

ハーフパンツは大丈夫かなぁ。点検しなくては…




ここで、読んだ本のこと、書いておきたいです。

小川未明の童話を読み返しています。

古い文庫本をなくしてしまって、また買いなおしました。

「赤いろうそくと人魚」が好きで、好きで、

今朝は、声に出して読みました。

「人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。

北方の海の色は、青うございました。あるとき、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色をながめながら休んでいました。

雲間からもれた月の光がさびしく、波の上を照らしていました。どちらを見ても限りない、ものすごい波が、うねうねと動いているのであります。

なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。・・・」


はじめてこの童話を聞いたのは(読んだのではなく)

何歳の頃だったでしょう。NHKのラジオで聞いたのでした。

「私の本棚」と言う番組ではなかったでしょうか。

ぞっとした、としか言いようのない、感動を覚えたのでした。



今朝は「声に出して読むよ」と、

ゲーム中のかりんに言って、途中まで読み上げ、

後は静かにひとり、読みました。



今、この童話のことを書いたら、何か元気が出てきました。

もう、お昼ですが、午後からは体操着を、

きちんと整えたいと思います。




このような記事を終りまでお読み頂きまして

まことにありがとうございました。

どうかお体にお気をつけ下さい。



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2008年8月18日 (月)

語りつぐ…

P1050842_2 夏休みも残り少なくなり、

小5のかりんも、

宿題をまとめ始めています。

夏休み帳の「聞く」というページのために、

お祖父ちゃんの話を聞いたのですが、

聞き書きではなく、お祖父ちゃんの書いてくれたものを、

そのままページに貼り付けることにしました。

この話は、数年前にも、ねーさんのために書いてくれたのですが、

その頃のワープロは、もう壊れてしまって再生不可能です。

今年は新たにパソコンで書いてくれたのでした。

孫の世代に語りつぐ、お祖父ちゃんの思い出話です。

      P1050838_2                

あの頃の思い出

 お祖父ちゃんは、夏が来ると、あの頃のことを思い出します。お祖父ちゃんは、広島県の東北部の出身です。
 広島市に原子爆弾が投下されたのは、1945年の8月6日でした。お祖父ちゃんの村は爆心地から離れていたので、被害は受けなかったのですが、村の小学校が、広島市で被爆した兵隊さん達の、臨時の病院になったのです。
 被爆した100人ばかりの兵隊さん達が、近くの駅に着いたのは、8月8日の午後3時頃でした。村の人達は駅から学校まで、その兵隊さん達を荷車に乗せて行ったのでした。
 その頃、村の男の人はほとんど戦争に駆り出されていたので、女の人や当時中学生だったお祖父ちゃんたちも動員されたのでした。
 被爆した人たちを乗せた荷車の移動が始まったのは、夕方の5時頃でした。着ていた服は爆風でぼろぼろに破れ、血まみれで、傷口は化膿して、ものすごい匂いでした。
 自分で歩ける人は歩き、荷車に乗せられたのは瀕死の重傷を負った人たちでした。軍刀を杖にして歩きながら大声で叫ぶ人、爆風で顎を飛ばされた看護師さんも歩いて行きました。
 辺りは次第に薄暗くなりはじめ、遠くで光る稲妻が、艦砲射撃のように思われ、まるでこの世の地獄、死の行進でありました。その当時、お祖父ちゃんは中2でしたが、63年経った今でも、その時の悲惨な光景を、はっきりと思い出します。
 大半の方が次々に亡くなり、毎日5~6体ずつが火葬にされました。まもなく敗戦となりましたが、故郷へ帰ることができたのは、ごく僅かな人だけでした。





             P1050841_2


追記(ウッシー)

この日、動員された女の人の中には

お祖父ちゃんのお母さん、

かりんたちの曾お祖母ちゃんもいました。

曾お祖母ちゃんは、婦人会の一員として看護の手伝いもしました。

そして2次放射能を浴びたのでした。

67歳で急死した曾お祖母ちゃんは、

被爆者手帳も持っていたそうです。

晩年は、かなり体がきつかったようで、

「今、お布団を干したところです」と、ある日私が電話した時も

「私は布団はよう干さんのじゃ、胸がドッドと苦しゅうなってきて…」

と言っていました。

亡くなって、火葬場でお骨をあげるとき、世話して下さった人が、

「この方は、原爆で亡くなった人と同じような、もろいお骨です」

と、説明してくれたのを、私は忘れることができません。

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2008年8月14日 (木)

私の大切なもの

P1050789 今日も晴れて、

強烈な日差し、

夕立も来そうで、

なかなか来ないし、

何かもう恐ろしいほどです。

お盆だから、けじめをつけたわけでもありませんが、

ナイロン傘をほどいた残り布のエコバッグを、仕上げました。

1本の古傘からバッグが2枚です。

持ち手も中古、たたんで留めるテープも中古品です。

P1050782 P1050777

縫い方は以前と同じです。

ナイロンは、縫い目がピリついたりしますが、気にしていません。

軽くて、惜しげもなく使えるエコバッグです。

       *****  *****

我が家の傘は、忽然と姿を消します。

お祖父ちゃんの傘だけは例外でしたが、それも、既に過去形。

今年になって、男傘が1本見当たりません。(朱に交われば赤?)

けれども、決してなくならない傘が1本あります。

15年くらい前に、孫姉妹のママが、私に買ってくれた上等の傘。

「忘れっぽいから、ロクな傘がないの、安物しか買わないの」

「じゃあ、私がプレゼントします」


P1050788 P1050791

箱入りで、柄には私の名前が彫られています。

もったいなくも、私専用の傘ですが、使いません。


P1050793 P1050792


「もらった傘、ここまで持ってきたよ」と

あの世でママに見せるわけにも行かないですよね。

傘の骨は燃えないもの。

孫たちに、残して行くか…「家宝にしろよ」と。


            shine shine  shine  shine  shine         


あの別れから10年、

あの子たち、二人とも縫い物が好きでね。

P1050798 ママは苦手だったみたいね。

ねーさんのために縫った

手縫いのお箸入れ、

今も残してあるよ。

このフェルトの根付はかりんが作ったのよ。

ママはもう、裁縫では、あの娘たちにボロ負けさ。

笑って負けておけばいいよ。

のんびりしていてね。

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2008年8月11日 (月)

思いつくままに

P1050752今朝の日々草

私にはない

やさしさを

見つけました。



ブログに書きたいことはP1050710

たくさんありますが、

思いつくままに

並べるだけにします。




P1050773 先週の木曜日、

この街の小さな映画館で

孫姉妹といっしょに

「西の魔女が死んだ」を見ました。

「わかった?」と、小5のかりんに聞くと、

「微妙」と言う返事でした。

けれども、その後かりんは、あらためて原作を読んだりしています。

この文庫本は、もう何年も前に、

東京にいる私の娘が送ってくれたものでした。

孫と暮らさなかったら、私はこういう本も読まなかったと思います。

映画も見に行かなかったかも知れません。

いずれも、私に与えられた小さくて大きな幸運だと思っています。

        P1050775

私が、昨夜ふと本棚から取り出して、読み返している本です。

小さなことで、心が傷ついている友だちのことを思って

しんみりと、読んでいます。

「私は日本財団の会長として働くようになった時、財団の中にいくつか、重大ではないけれどほしい空気があった。その一つが職員の皆が、不平等に馴れる、不運を笑える、ということであった。もちろん不平等を奨励するのではないが、完全な平等などというものはこの世にあるわけがない。だからむしろ積極的に、そうした社会のいびつさをカクゴしておいて、そんなことではいちいち傷つかないように精神を鍛えておくことだ、と私は考えたのである。また不運を笑うと言っても、命を落としたり、長い病気をしたり、職場でずっと長くうとんじられる、というようなことだったら笑うに笑えないから、せめて小さな不運を楽しめるようにしたかったのである。(棄てられた者の幸福)より」

            Pennginnpower_2



夏休みも半分過ぎました。

さて、これからは…

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2008年8月 1日 (金)

縫い物は休んでいます(-_-;)

かなりくたびれてしまって、怠けて過ごしています。

縫い物もしていませんので、「ブログ、休もうかな」と言ったら

ねーさん孫が「これを・・・」と、出して来てくれました。

  P1050634  P1050638


たぶん、小6の頃に作ったフェルトの魚です。

箱は私が折ったのだそうですが、憶えがありません。

        

わかっています。

こんなふうに孫の作品を載せてたりして、

手作りブログ失格ですよね。

孫姉妹は私がくたびれていると、ずいぶん心配します。

「だいじょうぶ?」と、口の悪いかりんもたずねてくれます。

P1050629 元気にならなければと、

いろいろ手抜きでやっています。

昨日のお昼なんか、

かなりなものでした。

お好み焼きの粉に、玉子、ウインナーソーセージ、ハム、

ちりめん雑魚、干しえび、モロヘイヤ、オクラ、ネギを混ぜて

フライパンで焼いたのと、

冷たいお味噌汁(朝の残り)と漬物がおかずでした。

でも、この残り物のお焼はなかなかの味でしたよ。

姉妹は最初、フクザツな顔で見ておりましたが、

出来上がると、写真を撮る暇もなく、パクついたと言う次第です。

口うるさい爺ちゃんも、文句ひとつ言いませんでしたわ。(^_^)v

     fish   fish   fish   fish   fish

ねーさん孫は、勉強の合い間にはP1050641

図書館の本ばかり読んでいます。

私もめくってみますが

若い子の読む本は

やっぱり違いますね。

ねーさんが本好きになったのは、

学童保育のお世話になっていた頃でした。

学童保育は保育園出身の児童が大半を占めていて、

幼稚園出身のねーさんは、寂しい思いをしていたようです。

そのため、図書室の本を片っ端から読んだらしいのです。

Yozora_2  あと一ヶ月あまりで、

小学校入学という時に

母親に死なれたねーさんには、

最もつらい時期だったのですが、

ねーさんはそこで、

無類の本好きになることが出来たのでした。

また学童保育では、縫い物も教えてもらうことが出来ました。

こうして本好き、縫い物好きのねーさんが育って行ったのでした。





私は孫育てなどと、いつも偉そうに言っているけれど、

私がしたのは、ほんのわずかなことに過ぎません。

姉妹は多くの人々に支えられ、力をもらって大きくなったのです。




今日もお読み頂き、ありがとうございました。

どうか、お元気にお過ごし下さいね。

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