思い出すことなど
風が冷たく、この時間も雪花が散っています
自分が子どもだった頃の、寒い冬を思い出させてくれます
あの頃は、下に着る物も上着も温かくはありませんでした
靴下もなく、祖母の手作りの足袋をはかされ、わら草履や下駄履きで学校に行きました
祖母の作ったわら草履は分厚くしっかりとしていましたが、放課後にはすり減ったグサグサのと取り替えられていて、泣きたくなったものでした
私は身体が弱かったので、夜寝るとき、母が毛糸の襟巻をかまどの火であぶって温めて両足をくるんでくれました
襟巻は母のもので、紫がかったラクダ色に茶色の格子柄でした
襟巻をあぶるために、藁などを燃やしてくれたのでした
バア~ッと勢いよく燃えるので、バアバアと言っていました
昼間でも寒くて仕方がないときは、「バアバア焚いたるよ」と焚いてくれました
すぐに消えてしまいましたが、たとえ一時でも、火の温もりは嬉しかったのです
農家でしたから、ひもじい思いはしませんでしたが、今思えば粗末なものばかり食べていました
それでも、祖母が手まめな人で、刻み煮干しの入った鉄火味噌や、山芋のすりおろし汁など、身体に良いものを作ってくれました
おやつには、あられ、へぎ餅(かき餅)、芋だんごなどを作ってくれました
小麦粉を水で溶いて、ほうろくで焼き、甘辛い蜜をかけたのも食べました
だら焼き、と言っていました
ほうろくに小麦粉を、だらっと流し入れて焼いたからです
゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
今日はかりんが夕方から稽古ごとに行く日なので、夕飯を早くすませて、こんな時間にブログを書いたのでした
みなさま、お風邪などひかれませんようお気をつけ下さい
゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。
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コメント
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ウッシーさん、こんばんは
胸の奥のほうにジーンとくる日記、心が温かくなる日記、繰り返し読ませていただきました。
病室は外の気温がわかりませんが、春はもうすぐですよね。
投稿: ピエロ | 2012年2月 8日 (水) 21時00分
ウッシーさん、こんばんは、
昔話を聞かせていただきました。和みますね~
場所は三重県なのでしょうね・・・
投稿: dorucasu | 2012年2月 8日 (水) 21時55分
ほっこりします。
今、足りないもの、空間、があります。
スイッチ一つで暖房ができるのは、それはそれで幸せですが、
お母さんと一緒にバアバア焚く瞬間は幸せがいっぱい・・・ですね。
それぞれにこの類の幸せの思い出がありますよね。
おかげさまで私も思い出すことができました。
祖父だったり祖母だったり父母、姉妹との想い出です。
昔のほうが幸せ密度が濃い気がします。
今朝のカーネーション、コシノジュンコさんの誕生でしたねo(*^▽^*)o
投稿: ラベンダー | 2012年2月 9日 (木) 08時43分
ウッシーさん、私も似たような時代ですが、同感するところ大です
母のおやつは、サツマイモをつぶして、半分緑の色粉でぐるぐる巻いてタルトのようにしてくれたのが、よその子と違ったおやつに思え自慢でした。
懐かしいお話でした。
投稿: どら | 2012年2月 9日 (木) 10時28分
ウッシーさん、こんにちは。
早朝、たぶん誰よりも早くこの記事を読ませていただきました。
胸が一杯でコメントも出来ず、今再び読ませていただき、涙ぐんでいます。
なんとあたたかい思い出でしょう。
不便だった分、いつも手をかけ、心もかけてくれたのですね。
亡き母がわたしにしてくれたことが、次から次へと思い出されます。
暖かいって、有り難いことなんですよねぇ。
わたしの子どもたちは、こんな風にわたしのことを思い出してくれるでしょうか。
たぶんダメだろうなぁ。
ウッシーさんのおうちでは、かりんさんたちがきっとこんな風に思い出してくれそうです。
投稿: ねじっこ | 2012年2月 9日 (木) 14時15分
ピエロさん、その後いかがでいらっしゃいますか?
お元気になられる日をお待ちします
お大事になさってくださいね
投稿: ウッシー | 2012年2月 9日 (木) 19時22分
dorucasuさん、こんばんは
雪、大変でしょうね
それから、地震も…
お気をつけ下さいね
ここは、三重県、伊勢地方です
投稿: ウッシー | 2012年2月 9日 (木) 19時23分
ラベンダーさん、かまどで稲藁、麦藁、豆の木、などを燃やして暖をとりました
おくどさん、と言っておりました
天井は煤で、真っ黒でしたねえ(笑)
お姉さんのコシノヒロコさんは、私より一つ上です
毎日見ています
私は、田舎の洋裁学校に通って、文化式の洋裁を習っていました
雑誌「装苑」をたのしみにしていました
朝ドラは、当時をなつかしみながら
投稿: ウッシー | 2012年2月 9日 (木) 19時35分
どらさん、私は芋だんごを作ってみたくなりました
素朴で、やさしい甘味を思い出しています
投稿: ウッシー | 2012年2月 9日 (木) 19時36分
ねじっこさん、多忙で、貧しかった母と祖母の姿を忘れません
それでも、子ども、孫を大事にしてくれました
自分自身のことなど、考えてもいなかったのでしょうね
母は小学校の中学年になっても、私をおんぶして、お医者につれて行ってくれました
子守り半天のすそから、足が見える年になっても(笑)
すぐに高熱でダウンするので、歩けなかったのですねえ
昔の人は偉かったと思います
それに比べて、私は、へなちょこです
投稿: ウッシー | 2012年2月 9日 (木) 19時47分
こんばんわ
雪がちらほら寒い日でした
なんだか子供のころを思い出しました
私は大阪に住んでましたが、島のおばあちゃんの家に行くと
おやつは、ふかしいも、やきいも、小麦粉に砂糖をいれて焼いたものでした
“おやき”といってました
ウッシーさん家は“蜜”だったんですね
「また~ いも~」って云って、怒られたのおぼえてます(笑)
さつまいもを薄く切って干してあったのを、ほうろくでやいて食べた記憶が・・・
今、いもはあまり好きじゃありません
人は胸やけがするといいますが、それ以前の問題です(笑)
投稿: とどさん | 2012年2月 9日 (木) 20時00分
とどさん、お芋は好きじゃないのですね
私は普通です(笑)
昔は、あれしかなかったんですよねえ
今はいろいろあり過ぎです(笑)
投稿: ウッシー | 2012年2月10日 (金) 09時01分
おはようございます(o^-^o)
[思い出すこと…]失礼ながら(笑)両親と重なり・・胸が熱くなりました。この時代生きた方々同様苦労の連続です。 9歳で父、16歳で兄を亡くし末っ子の母は母子2人で生きてきました。 学校に行きたかった・・楽しそうに坊主達の宿題を見てくれました。
両親を見送って2年。(お母ちゃん幸せな人生だった?)そう問いかけたり。
うっしーさんの読んで・・・・・。たまりません。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 ありがとう
坊主の試験も終わり・・面接で「最近気になっている事は?」の質問に
「初音ミクとヴァレンタインって言ったかぁ!!」と(笑)
そうなんです!もてない息子達へ買います。 顔は悪くないんだが…問題は格だな!
聞きたいよぅ…男子にあげる基準を・・(笑)
投稿: 坊主 母ちゃん | 2012年2月11日 (土) 10時33分
坊主 母ちゃんさん、昔は貧しかったのに、子どもを大切にしてくれましたねえ
本当に今頃になってつくづく感謝しています
家の子は、男の子には無関心でしてねえ
女同士で盛り上がるみたいです
まだ、おぼこいのでしょうか?
投稿: ウッシー | 2012年2月11日 (土) 19時56分