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2012年4月20日 (金)

不意を突かれた!

実家に行っても、母はいない

18日(水)に老人短期入所施設に預けられたのだった

その日の夕方、家の夏ミカンと、姪の子ども用のお菓子を持って実家に行き知った




弟嫁の話によると、母は14日(土)の真夜中に、廊下で転んで大腿骨を骨折したのだという

高齢であるし、わずかな骨折のため手術もなく、薬すら飲まなくてよく、入院もさせてもらうことなく家で過ごしていたそうである

今まで周囲は気が付かなかったが、母は思考力も衰えていて、家で安静にしていることが出来なくなったのだ




恐れていたことが起きてしまった

母は、トイレに行く途中で転んだのではなかった

夜中に台所に行こうとしていたらしい

何か食べたくなったのだろう

以前の母には考えられない行動だった




その夜、実家にあらためて電話を掛けた

弟嫁に無理しないでほしいと伝えた

ショートステイから帰ったら、また家で面倒を見るつもりだと言っていた

弟夫婦はわりとのんびりしているが、少し見通しが甘いように思う




弟はあまり騒いでほしくないと言っているとのことだった

決して騒いではいないが、平気でいられることではない

母は私にとっても母なのだから




Image 施設のベッドで、母は何を思うのだろう

痛みは感じるに違いない

動かないで、と言われてじっとしているのであろうか




「そっと、会いに行って来ようよ」と、つれあいが言ってくれている

ありがたいけれど、会うのが怖い気もする

私が誰だか解ってくれるであろうか




不意を突かれた感じで気持ちが沈む





゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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母を思う」カテゴリの記事

コメント

老人の骨折は不意にやってくる。
わが家では、3回圧迫骨折しましたが、1ヶ月寝たきりがあり、復活しました。
病院では、こんなことで入院してたらベットはいくつあっても足りない、と、市民病院で言われて、1ヶ月で復活
その間、娘5人は一度も顔を見ず、おばあさんは知らせるな・・と。
大正生まれは辰年は強いです。

おはようございます。久しぶりのコメントです。
突然の変化でご心配のことと思います。
私の実母が去年の秋から腰痛がひどくなり入院。
安静状態のため自力で動けなくなり今年施設に入居
しました。お母様見ればまだ若いですが80過ぎです。
今はベッド上の暮らしですが認知症はほとんどなく
会話は普通にできます。ただ24時間見守りと移動介助が必要で
自宅で介護をするのは私一人ですので限界があります。
医師も一人では無理といわれ院内の地域相談室で施設探しを
していただき、丁度条件に合うところが見つかり入所しました。
本当は自宅でみてあげたらよいのですが
母や親戚はどのように思っているか分かりませんが決断いたしました。
ご心配されるのは無理のないことですが弟様たちの様子を見ながら
出来る範囲で手助けされていけばと考えますが。
寂しいことですがいつかは身体機能が衰えていきます。
そのときはそのときです。
いつものように穏やかにお母様にお会いすることが一番です。

おはようございます お母様のこと ご心配でたまらないでしょうね。お気持ちお察しします。私の母も 食が細くなったり 喉に物をつまらせて 意識が飛んだり 心配なことだらけです。でも 弟の家族と 同居しているので 手出しが 難しいのです。ウッシーさんの お母様は 長生きされてきた分 私とは違う 別の気遣いもあるのかもしれないし。騒ぐつもりではないけれど、心配しないなんてできませんよね。少しでも良い方向へ向きますように・・・。

おはようございます(o^-^o)

お母さん心配ですネ。 私ものんびりなもんで…父の病状に対して見通しが甘いと姉に言われました。  のんびりも良し悪しなんですね(´・ω・`)ショボーン

時々痴呆が現れた父は月一回精神科に行ってました「帰りスイカの苗買うて帰ろうかねや!」と言ったのは秋。 聞けば近所の方達は植えたと言います。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
この会話すら覚えてないから「帰り買おうかね」で済むんでした。

ある時は病院の待合。不安にならないよう、しゃがみ込んで手をさすっていたら
「姉さん!きれいな手しちょるの!!」と  「誰と来ましたか?」と私。
「娘と来たけんど…どっかに行ったがよ・・」

私は淋しかった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 と同時に、厳しく怖いだけの父が愛おしくも思えました。 「弁当を2個食べたけんど、ボケたろか?」と笑う日もありました。

それでも最後まで病気を理解し、最期を迎え入れる準備をした父を思うと(少し思考が回らなくなる事。それは神さまからの贈り物と考えました)

そこに居てくれる幸せ うっしーさんをきっと待ってますよ
早く帰り・・と言いますよ

どらさん、同居の家族は大変だと思います
私は今まで時々話し相手に行くだけでした
昔話が多くて、会話は成り立たなくなってきていました
それでも刺激がある方が良いかと、行っていました
視力も弱り、テレビも見ることが出来ず、ラジオも聞かず、デイに行かない日はじっと部屋で炬燵に入っているだけでした
昔のことを思いめぐらすだけだったのでしょうね

現在、母がどういう状態なのかわかりません
手だし、口出しはしないほうが、家族はありがたいのかもしれません
それなら、私は静かに祈っていたいと思います
誰にも言わず、そっと見舞いには行って来ます

>痛みは感じるに違いない

 いいえ、感じないそうですよ。私の舅は86歳まで生きましたが、80からは腰が立たなくなり、寝たきりになりました。私は仕事に行きながら世話をさせてもらいました。T字帯におしめを挟み自分で取換えて貰い、ベッドの横にふた付きバケツに水を張り入れて貰いました。5年間下の世話はご自分でやりました。最後は本当に寿命が尽きて逝きました。

 医師は「こんなに綺麗に逝く方は、なかなかいません」と言いました。そしてその時聞きました。歳が逝くと痛みも感じないのだと・・神様は愛のある方ですね。

かつこさん、自宅での介護は限界があると思います
母は認知症も進んだようですし、弟夫婦のことも心配です
ただ、兄弟であっても、ああしたら、こうしたら、とは言えません
今は静かに様子を見たいと思います

おけいこぶりさん、私もおけいこぶりさんのお気持ちがよくわかるようになりました
今までも、(話し相手がなく)母はさびしそうに見えました
ただ、決して愚痴は言いませんでした
母は忍耐してきたと思います


弟たちにああしろ、こうしろなどとは、決して言いますまい
これからのことを、安かれと祈りながら、静かに深く思い続けたいです

坊主 母ちゃんさん、コメントに涙が出てしかたがありません
母は、せいいっぱいしっかりした姿を見せようとしてくれていたように思います
今回、お医者の検査で、相当認知症が進んだことが分かったのです

私が誰だかわからなくてもいいですね
母の顔を見るだけで良いです
つれあいの車で行って来たいと思います

dorucasuさんも、いろいろご苦労がおありだったのですね
お舅さん、見事に生ききられましたね

母は、転んでから、痛い痛いと言っているそうです
じっとしていれば痛くないのでしょうね
自然に治るのを待つしかないのかも知れません

ウッシーさん、こんにちは。
お母様、心配ですね。
私の祖母も「うちがいい」と入院するたびに言っていました。
若輩者の私では言葉足らずで、何の役にも立てませんが。
ウッシーさんも無理しないで下さいね。

ゆかにゃごさん、私は何にもできません
母のこと、弟たちのことを思うだけしか…
世の中のことは、予想どおりに行かないことが多いから、これからのことはわかりませんね
静かに思うだけです
今まで通り、普段の暮らしを大切にします
ショートステイの10日間で、母が少しでもよくなりますように願っています
心配して下さって、ありがとうございます

ウッシーさん、私事ですが
祖母はわたしが高校生のときに軽い痴ほうの行動が出ていました
上京して帰省するたびにひどくなり盆正月以外でも帰るようにしていました
数年経って、祖母は歩けなくなり居間の隣の部屋に布団に寝るようになって
布団とこたつをハイハイするように行ったり来たりするようになっていました
私は帰省の際、夜は居間のこたつで寝るようになりました
祖母は夜中行ったり来たりを繰り返し、わたしの横にコロンと横になって
枝ほど細くなった手でわたしの頭を撫でてくれて、堪らず涙が出てしまって
一度出た涙は止まらず、トレーナーの裾を引っ張ってで拭いてたら
長い袖が気になった様で、袖を2回折りたたんでくれました
その日の朝ストーブの前で祖母は大きなマッチ箱一箱分のマッチを擦りました
ストーブをつけよう思ったのでしょうが、付けられなかったようです
北国の朝は寒いので、昔祖母は冬は5時前に起きて部屋を暖めてくれていました
わたしのために部屋を暖めようようと思ってくれたんだと思います
家族は驚き、父も母も祖母を叱りました。当たり前のことかもしれません
でもその時、ずっと両親に言いたかった事を言ってしまいました。
母を深く傷つけました。ずっといろんなことが怖かったです。
いろんな事情でいろんなひとがいると思いますが、私は悲しむひとでした
ウッシーさん、こころのために不安に押しつぶされないようにしてくださいね。
人様のブログに自分の事を長々と申し訳ありません
自分のブログに書くべきでしょうが、あの通りのブログです…
お母様の痛みが和らぎますよう、お祈りさせてください
生意気ですが、ご立派なお母様だと思います。

ウッシーさん、切ないですね。
ウッシーさんのお母様の事、私とても好きです。

ウッシーさんが、お顔をみせにいらしたら、
もしも、ウッシーさんと分らなくても、きっと、お母様喜ばれます。

姑は、駅で人にぶつかって倒れ大腿骨関節部分に1㎝ほどの亀裂が入りました。
その時は、チタンの人工骨を入れる大変な手術をし、気丈にリハビリをしてステッキで歩けるようになりましたが、その後、人工骨と骨の間にゆるみが出て痛みだし、再手術。
90才近くになると人工骨が強すぎて、他の部分に小さな亀裂骨折が出て、大変痛がるようになり、どこの病院へ連れて行っても手の尽くしようがないと言われ・・・。
毎日「私が痛いのに、病院にも連れて行かない。」という義母を安心させる為に
何とか手を尽くして入院出来た病院で、夜中にベッドから落ちて、又骨折。手術。
100才になって、会話は成り立たなくなっても、最後まで主人と私と子供達の名前はちゃんと言えました。
ウッシーさん、お母様に沢山会いに行って上げてください。

こんばんは<(_ _)>
覚悟している事ですが、本当に不意をつかれた感じよく分かります(>_<)
どうかなるべく良い状態でありますよう祈っています。
ウッシーさんもご無理されませんように!
こんな時こそ、笑顔を!

菊蔵さん、ありがとうございました
何十年か前、私は母と一緒に病院の床にござを敷いて寝て、父の最後を看取りました
まだ、学校に通っていた子供を家に残して、父の最後の時を母と共有しました
生涯忘れられない思い出です


最近は、訪ねるたびに母は早くお迎えが来てほしいと言っていました
デイサービスでは、母は模範生であったそうです
母は自分を抑える力に優れていたと思います


今やもう、抑えが効かなくなったとしたら、それはそれで良いと思いたいのです
母よ、最期にわがままして下さい
それでは、弟たちが困りますが、母はここで解放されなけれなりません

nekomamaさん、この記事に書き込まれたコメントはすごいと思います
人の老後、老人介護の問題の大きさ深さを思います
私はみなさんのコメントに圧倒されています

母は、まだこれからいくつもの難関を通らなければならないのかも知れません
母の顔を見に行って来ます
家に帰ってきたとしたら、今までよりももっとたびたび母に会いに行きます
nekomamaさん、今日もコメントありがとうございました

チェストツリーさん、こんばんは
私は、美味しいところ取りをして母に接して来ました
何も本当のことはわからなかったのです
弟たちを苦しめる言動だけは決してしたくありません

今日はパーマに行って来ました
必ず母を見舞ってきます

すみません、人ひとりひとり、症状が違うのですね。

 お母さん、タイヘンですね、又ご家族も・・・祈るしかないですね。

dorucasuさん、ご丁寧にありがとうございます
痛みを感じる度合い弱くなるのかも知れませんね
帯状疱疹の後遺症があったのですが、最近は痛い痛いと言わなくなっていました
認知症だとしたら、ますます感じ方は鈍くなるのでしょうか?
わからないことばかりです

ウッシーさん  今日のブログ そして皆様の心温まるコメントの数々に本当に感動しました。
本音で語る・・・・そしてその行間から うまく表現できませんが《ウッシーさん  大丈夫 心痛しないで下さいね・・・》と言う皆様の思いやりがあふれています。
私も長男の嫁として 義母の状況については義姉や義妹に気をつかっていましたが、今では それぞれの考えで我が親に接するのが一番良いのでは・・・と思います。
誰に気を使うことも要りません。
自分が後悔なきように行動したら良いのではないでしょうか。

極論を言うみたいですが 生きている間にできるだけ会いに行ってあげてください、たとえ本人に意識が無くても声をかけてあげれば・・・聞こえていると思います。  亡くなってから何百回お墓参りをするよりも お母様もきっと喜ばれます・・・。 ああ こんな事言ってしまってごめんなさい。   

ウッシーさん これからは時間の許す限り 理解ある優しい旦那様と一緒に そっとお母様の様子見に行ってあげてください.ね。   弟さん夫婦はそれを知っても「お姉さん来てくれたんだね 有難う…お母さんも喜んでるよ・・」と嬉しいはずです。 
 
若い者へ愛情を注ぐ時間はこれから先 まだまだ充分に残されています。
私も 夫や娘や孫に心を寄せる以上に母にできるだけの思いを寄せていきたいなあと考えています。 今を大切にしていかねば・・・。
ウッシーさん 元気を出してくださいね。
お母様の復活をお祈りしています。

テッシーさん、ありがとうございます
この自分にできることは何なのか、してはいけないことは何なのか、静かに考えています
人はこの世に御用のあるかぎりは、天に召されることはないのだと言われています
母のこともそのように受け止めて行きます

お母様、心配ですね。むかしより、医学や、施設が充実してますので、気をおとさずにしてください。お怪我がはやくなおりますようにお祈りします。あすは教会で召天者記念礼拝と母の納骨式礼拝が霊園であります。長生きしてくださいとお母様にお伝えください。それでわ。

お母様のお怪我いかがでしょうか。
痛みがないといいですが・・。
ウッシーさんもお疲れが出ないようにしてくださいね。

しらすぼしさん、おはようございます
さびしいことですが、静かに受け止めています
まわりの者たちが元気にしていないといけませんね
祈ることができるのは幸いです

ラベンダーさん、お早うございます
いつかは、と覚悟していたつもりですが、へなちょこ覚悟でした
こころのざわざわを抑えて暮らして行きます
コメント、心にしみます、ありがとうございます

ウッシーさん、ご無沙汰しています。
いつぞやは、恥ずかしいので、非公開コメントにしてしまいました。(失礼致しました)
著名な医師(中高年のアイドル日野原先生とは違う方です・・・笑)の話を思い出します。
いつも『年に不足はないですね・・・』と、不遜にも患者の家族に言ってこられたそうです。
でも、いざ自分の親となると、全然違ったそうで、その発言は悔い改めたそうです。
100歳でも110歳でも、たっぷりと一度きりの人生を過ごして欲しいですから。
まして、心の年齢なんて、数字で表せないですし。
難しいですね、親子関係・・・迷惑・心配かけまくりの果てしない連鎖(笑)

おおやさん、お早うございます

覚悟はできていたつもりでした
けれども、今回のことは突然で、ショックです
母は、まだまだ生きてくれるのかも知れません
それもまた、嬉しいような悲しいような、です

それにね、母のことは、自分にもいつか訪れる事態なので、考えてしまいます
仲良しの叔母も、何だか落ち着かない日々のようです
母には小姑ですが、長年一緒に暮らした身近な義姉のことですから…
本当に、はてしない連鎖ですねえ

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