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2012年6月28日 (木)

会うたびに母は小さくなっていく

昨日の朝は郵便局の帰りに実家に回り、母に会ってきました。

母が昼間家にいるのは水、金だけです。

弟と少し話してから、母の部屋に行きました。

母は、前よりもまた、顔も身体も小さくなっていました。

毎週土曜日から、二泊三日で行っているショートステイは楽しくないようでした。

聞いたこともない土地から来ている人が多いと言っていました。

行きたくないけど仕方がない、何故あんな所に行くことになったのか、と残念そうでした。




母がショートステイに行っている間だけが弟夫婦の休日なのですが、それを母に言うことはできません。

弟も、母が行きたくないのは解っています。

けれども母は、ショートに行く日は自分から早々と準備をするそうです。

家に帰って来ると、忘れ物がないかバッグのなかみを自分で厳しく点検するのだそうです。

「しっかりしとるわ」と、弟は感心していました。




以前、私が上げた茶色の室内帽を母はかぶっていました。

私の室内帽をまた母に上げようと思います。

上げたいのはこれです。




P1110773_640x480


インターネットで買った極薄手のニット帽ですが、私には少し地味なのです。

母のベッド脇にはいつも手鏡が置いてありますが、母はこの帽子をかぶって鏡を覗くことでしょう。

早く届けたいと思っています。




母は、小さくなっていましたが話すことに矛盾はなく、例によって自分の長寿を嘆いていました。

嘆くと言っても決してじめじめとではなく、笑いながらでした。

母は、クールで強い人だと思います。


゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。


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母を思う」カテゴリの記事

コメント

「クールで強い人」。感動します。素敵な御帽子ですよね。きっと、お母様にお似合いだと思います。介護の心の美しさは、天の神様に届いていることでしょう。でわ。

今日のブログを読んで思いました。
私も96才の義母さんを先週から週1回デーサービスに行ってもらっています。
きっかけは、お風呂で大を二つも残して出たのです。
ショックでした。主人が支援センターに相談してから、1ヶ月、センターの方は本当に上手にプライドのあるお年寄りを言葉で導いてくれます。
感心しました。
しかし、義姉さん達はどう思っているのでしょう。と思うことがあります。
でも、行くようになって3回ですが、以前より元気になりました。
100まで行けますhappy01
化粧水とお薬と湿布薬を持ってでかけます。
9時から5時までが空間の時間です。

はじめまして。ちょこちょこと申します。いつも拝見しています。お母様との残された少ない時間を大切にお過ごしください。でも、ちょっとうらやましいです。その年まで(失礼m(__)m)お母様が生きてくださっているなんて。

初めまして「さら」と言います いつも微笑ましく拝見しています ほっとできる空間を見つけられて嬉しいです 私も父の介護を4年程し2年前に看取りました 母は重度のアルツで療養施設で全介護中です 父はデイに週3通いカラオケのある日は朝からソワソワして身だしなみを整える人でした「森の水車小屋」は褒められたのかいつも口ずさんでいましたね 懐かしく思い出しました

 おはようございます(o^-^o)

 お母さん お元気そうでしっかりしてますねhappy01
何故行く事のなったのか・・て。
そう思いながらも準備するお母さん・・弟さん達は幸せですねconfident
あんなとこイヤ!って頑な方も沢山いますよ。
悲しい事に夫婦喧嘩もありますよ。

 私は実の両親でも、姉妹で意見の違があり それはそれで大変でしたが
同じ子供には変わりないんですよねconfident 
出来る事をして、したい事をして、それぞれが後悔のないようにと思いますconfident
帽子も素敵ですね。早く届けてあげて下さいねconfident

 今でも、苦労かけた母に聞きたい事があります「幸せやった?」と。
突然の別れも想像できなかったし。 
日向ぼっこしながら思い出話をする 夢でしたねconfident

人は年老いても性格は変わらないのですね。

>けれども母は、ショートに行く日は自分から早々と準備をするそうです。
家に帰って来ると、忘れ物がないかバッグのなかみを自分で厳しく点検するのだそうです。

素晴らしいお母さんです。私の舅も五年寝たきりになりましたが規律正しい生活をやり遂げましたね。

dog  ウッシ-さんこんにちはcloud  今日も曇り空ですね。
私もウッシ-さんの お年までお母さんのお顔が見られてうらやましく思いました。でも 母が亡くなる三年位は、つらく早く母に楽になってほしいと 思ったことも 何度もありました。
ウッシ-さんと同じ小姑の立場では、口に出しては 言えないことが多すぎて・・・・
でも 母は 娘を生んでよかった 最後まで言ってくれました。 でもでも もっとやさしくすればよかったとか 今でも後悔ばかりです。
お母様は 一回でも多くウッシ-さんの 顔が見たいのでしょうねconfident

しらすぼしさん、弟がいつも穏やかなので私はほっとしています。confident
子どもの時は、どうしようもない腕白坊主でしたが…

どらさん、頭が下がります。
お義姉さん方も、納得していらっしゃることでしょう。
どらさんご夫婦の健康が大切です。
私も弟たちのことを心配しています。

ちょこちょこさん、はじめまして。happy01
おっしゃる通りです。
母がこんなに長生きしてくれるとは思いませんでした。
何事もお授かりですね。
母のため、同居の家族のために祈っています。confident

さらさん、はじめまして。happy01
こうして書くと、気持ちが安らぎます。
話し言葉では言えない気持ちも表すことができます。
お読み下さりありがとうございます。

坊主 母ちゃんさん、母は、今の時代は、高齢になったら家にはいられないと思っています。
家族がどうとか言うのでなく、世の中の仕組みとして高齢者はデイや、ショートステイに行くようになっているのだと…
だから、嫌だとは言わない(言えない)のだと思います。

母を見ていると、自分の将来を思います。
何もできなくなったとき残るのは何かを思います。
元気に家族のために働ける時から、しっかりと最後まで残るものを育てて行かねばと思います。

dorucasuさん、性格は変わりませんね。
母は私とは血液型も違います。
くよくよ悩むように見えていて、案外たくましいのです。
情に溺れるところがないように見えます。

今は自分のことを何故こんなに長生きなのか?を考えてばかりいるようです。
念仏の会に入っていたし、お経も習っていましたが、今は信仰の話は出ません。
「拝んでも、なかなか迎えに来てくれへんよって、今はもう拝んだらへん」と、あの世の父のことを言ってた時がありました。(笑)

さくらママさん、長生きはめでたいようで大変ですね。
母はまだ、しっかりしている方だと思います。
弟たちも非常識な人間でなく、母は幸せだと思います。
けれども、可哀そうです。
人生の目標がない、人にしてもらうことばかり、誰からも、期待されない!

デイで、ぬり絵や漢字の仮名ふりや、工作をさせてもらった頃はよかった。
今はもう、何もさせてもらえない。
と、母は言っておりました。
視力が弱ったからですが、こういう人にも生きがいを与えることを考えないと…
とはいうものの、私も何をしたらいいかわからないのです。
私が訪ねて行った時、ベッドから飛び起きた母の笑顔を思い出しています。

今朝TVで(後半しか見れませんでしたが)奄美大島だったと思うんですが、100歳を過ぎても元気な方が沢山いらっしゃいました。家族と一緒の人も一人暮らしの人も皆とてもにこにこ笑顔で明るくて幸せそうでした。
≪幸福は海からやってくる≫というフレーズが出ましたが、本当に海を見ると心がスーッと穏やかになりますね。
お母様も、 寿命一杯、まだまだ元気で居てください。

テッシーさん、母の今後のこと、私には何とも言えません。
ただ、自分の将来のことを考えます。
家事も、縫い物も、歩行すらできなくなった時にも残るのは何か考えずにはおられませんでした。

こんばんは☆
ウッシーさん、書けない深い想いもおありなんでしょうね
小さくなってゆくお母さんを見るのは胸がざわざわしてしまいますね
父もこの1年で小さくなり、あの場所で寝て過ごす日々になりました
私も正しく役目を果たそうと思います
これからは老いたら身体を小さくして生きていかなければならないのでしょうね

菊蔵さん、こんばんは。
年取って身体が小さくなるのは、理にかなっていますね。
太って、デカかったら、周りが大変です。
その点、母は幸運です。
私は背は低いですが、ふっくらしています。
余分な肉を落としたいです。

↑馬鹿なこと言いましたね。

お父さまもお母さまも、並大抵のご苦労ではありませんね。
私ら、気ままでぜいたく過ぎます。
あの方々には頭が上がりません。
恥ずかしい思いです。

こんばんは。遅くコメントすみません。
今年の1月に母は89歳で天国へ・・・。足が不自由で5年間は病院でお世話になっていました。その母が句をたくさん書きためて遺していました。その句を読み返しながら,母の歩けない悔しさや自分の身を自然や生き物と重ねながらがんばって生きようとしていた葛藤を思い知らされました。
健康で生き抜けることはなかなか難しいと周りを見て思います。では自分はどう生きればいいのかしらと問い続けてもいます。今の私は,この先どんな運命が待ち受けているかもしれない。その時,その運命を受け入れることができる強さやしなやかな心を準備したいなっと思っています。義父も義母も同居の高齢者です。葛藤の日々です。

ももばあばさん、おはようございます。
コメント、心にしみました。ありがとうございます。

私の父は64歳で転倒して脊椎を損傷、不自由な体になりました。
父は、自分の不運を嘆くようなことは言いませんでした。
不注意を反省するような言葉もありませんでした。
言っても仕方がないと思ったのでしょうか?全てを受け入れていたのでしょうか?
私は反省してほしかったし、愚痴も聞きたかったですけれどね。
ただ、父は看護する者たちに、ものすごくきびしかったです。
要求がきつかったです。母にも、看護婦さんたちにもぼろくそに怒っていました。
リハビリで、歩けるようになり、字も書けるようになりました。
健康でも字がヘタな人の5倍くらい(笑)きれいな字が書けるまでに回復しました。
努力の人ではあったんです。
10年近くそうしてベッドの生活をして、最後は腎不全のため病院で亡くなりました。
母と私の二人が、父の最後を看取りました。

いろいろな老いと死があります。
全てを受け入れる強さ、しなやかさは大切ですね。
ただ、強さを持てと言われると、弱い者は引いてしまいますねえ。
強くなくても、赦されると信じていたいです。
人は老いて死に逝く姿を後から来る者たちに見せることが出来ます。
たとえヨレヨレの姿であっても、筋が通らなくても仕方がないと思います。
そのままを見せることが最後の事業?のような気がします。

私は、母に関連して、孫たちに年を取るまでに哲学を身に着けた方が良いと言いました。
出来れば、信仰と言うようなものをと。
ありのままで良いのだと、すべてを受け入れることが出来るために…

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