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2012年7月31日 (火)

家にはいられない

先日、胸に突き刺さるような投書を読みました。

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   ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

火曜日、デイサービス

水曜日、在宅

木曜日、デイサービス

金曜日、在宅

土曜日、ショートステイ

日曜日、ショートステイ

月曜日、ショートステイ

以上が、私の96歳の母の一週間です。




母のことを思わない日はありません。

今日は、家にいる。

今日はいない。

今日からは泊りになる…

ほとんど母の意志とは関係なく、時は廻るのだと思います。

週に二日間でも家にいられる母は、まだ幸せなのだと思うべきでしょうか。



                                


母が行きたくないと言っているショートステイへ、面会に行きたいなあと思います。

自分の家族のことは、ひとまず横に置いて、2時間でも3時間でも、いいえ日が暮れるまで、母のそばにいてあげられたらなあ、と思います。

何も話すことがなくてもいい、黙って母のベッドの傍らにいてあげられたら…と。




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母を思う」カテゴリの記事

コメント

ホントにそうですね。

 私は舅たちにはそうできたのは幸せでした。亡くなった後に「何もできなかったけれど、家に居てもらったから・・・」と思ったものです。

 実は優しくできなくて、よくイライラしたから「私は鬼か???」と思ったので後悔があったからです。
姉のご主人もパーキンソンで今はデイサービスへ行っています。彼は認知も出ていますが「さあ、仕事に行こう」と云ってオシャレをしていかれるそうです。行ってもらわないとモウ姉は倒れそうなのです・・・しようがないですね。

お久しぶりです。
家のおばあさんは、自分から週2日にすると言い出しました。
私はびっくりでした。
行けばお友達もできるのですね。
あんなにプライドの高い人が考えられません。
外から考えるとかわいそうだとか、思われますが、決して本人が口にするほどつまらないものでもないと思います。
今は、ケアが充実しています。
活動風景の写真を見せてもらいましたが、作品づくり、座ったままのボーリングとか。
あまり深く外から考えることはないと思います。
同居している身からでしょうか

自分で自分の居場所を選べない。
年を取るってそういうことなんですね。
私の父は、10年以上胃ろうをしてなくなりました。
これは、兄弟で決めたことですが
これでよかったのか、いつも思います。
私たち兄弟のエゴだったのか。
たぶん、父は望んでいなかったでしょう。
父には、相当つらい10年だったと思います。
ごめんね。おとうさん。

出来るだけお母さんに会いに行かれてください。

日本中に同じことでモンモンとしている人が沢山いるのだと思います。

私の母は有料老人ホームにいます。
認知が進んでいますが、自分の事は出来ますので普通に健康な老人(半々かな?)と居ます。b
いつかは完全介護付きの方に変わらなければいけないと思ってます。

母を思う時は、これでいいのだろうかと思い
母と対座すると、やはりみるのは無理と確信し
離れてこのようなメールを書いている時でも
気持ちは揺れてます。

どうすべきなんでしょうね。
自分自身は、一人になれば、やはり有料老人ホームに行くのが最良と思ってますが
今元気だから言えることなんでしょうね。


心に沁みます。
義母は昨年10月胃瘻をしました。
今は静かに療養型の施設にいます。
意識はしっかりして、栄養状態も良く、和やかにすごしていますが、
言葉を失い、寝たきりです。
胃瘻が今、終末医療の高齢者に施すべきか・・と疑問視されています。
選択を迫られた家族の動揺、医師の意見、本人が意思表示できない・・という現状で
した。

義姉、義妹達、夫の4人の子供たちの意見は2対2で、結局長男の夫の意見が重要視
されました。

今はこれで良かったと思うしかありません。

義妹のひとりが言った言葉が忘れられません。ここに母が居るということが・・ただそれだけがどんなに私の心の支えになってくれるか・・・・と。

ウッシーさんのお母さん・・健やかに長生きしてあげてくださいね。ウッシーさんの為に・・・。

dorucasuさん、同居の家族も疲れているのですね。
ずっとだったら、倒れてしまうのです。
誰も悪くありません。
みんなが大変なわけですね。

どらさん、母はデイサービスは、自分から希望して入りました。
あれから何年たつでしょうか?
今では、絵も、工作も、目が悪くなってできなくなりました。
みんなが、しているのを見ているだけなのでしょうね。
負けず嫌いな母だから、可哀そう。

だからと言って、どうなるものでもありません。
母がずっと家にいたら、弟たちが疲れて倒れてしまうだけです。

ちょこちょこさん、

母は、時々言います。
私が死んだら、みんなが楽になるのに…
本心でしょうね。
長生きは大変なことですね。

悩みの娘さん、私も、「今日は私が預かるわ」と言えたらいいでしょうね。
それができないから、残念です。
母は、もっと弱ったら、かえって母の気持ちは楽になるのかも知れませんね。
いまは、本人も、周りもつらい時期なのだと思います。

テッシーさん、ありがとうございます。

心配ですが、母の存在は、私の支えです。
私は母に言いたいです。
「生きてくれていることが嬉しい」と。
今少し私の家が落ち着いたら、またショートステイの施設に見舞いに行って来ます。
明日は吹奏楽コンクールの四日市市へ、行って来ます。

実母は83歳のとき脳梗塞で半身マヒになり言葉をうしないました。子供は私一人で同居だったのでバリアフリーに改装し3年介護しました。夜昼私を呼びづめで、私も疲れていたし、家族も睡眠不足で仕事に差し支えがでてきました。ケアマネや娘たちのすすめで老健に入所しました。母の希望はきっと在宅だったと思いますが、知識をもった若いスタッフのお世話で私が介護するより丁寧にみていただけたと思います。6年お世話になり昨年末、亡くなりました。自宅にいたらこれほど長生きできなかったと思います。ほんとうに母はいてくれるだけでありがたいと思えたのは施設でお世話になれたからです。在宅ではこれだけできなかったし、私も倒れていたと思います。親の介護は親のためでなく、自分のためにするものだと思いました。自分が納得できるように人にたのむのではなく自分でできるだけすればいいと思いました。

人には運命のようなものがあるのでしょうか?
私は信仰心が薄いのであまりわかりませんが………人間の、永遠のテーマでしょうね、生きるというテーマです。私は早くに父親を母は三年前でしたが……人生は……なんぞやを考える機会でした。
母上様は幸せを知っていて、感じていると思います。
かりんちゃんのコンクール、失敗しないか心配で楽しめないかも知れませんが……どうか、無事終わることを願っています。
しっかり瞼に焼き付けて来てください。

部長さんの親御さんの心配はまた格別ですから………。
息子の中学三年生の夏を思い出しています。

銅賞の話も、部長さんだからでしょうか。
ハンカチが沢山必要ですね………

にゃじさん、おはようございます。
お話、こころにしみます。
弟たちが倒れるのが、もっとも心配です。
母は、やがて、一か所の施設に落ち着くことになるかも知れませんね。
私も、それを納得できます。

ピエロさん、おはようございます。
かりんは、6時には集合して、バスで出発します。
私は7時過ぎの電車に乗ります。
出番が早いのです。くじ引きだから…

帰りにお餅でも買って、実家を訪ねたいと思っています。

お早うございます(^v^)

老後、生き死に・・介護者も生身の人間。
その時一生懸命考え選択されたのならそれが一番。
ご本人も本意とは違うかもしれませんが・・自立できなくなるとそれも仕方がありません。
後悔や、ああだったらという思いは、付き物かもしれません。
でも、私はあの時の自分の寄り添いが出来た事褒められますし父との親子関係が壊れないでいられたのは父も偉かったと思っています。
答えは一つでないので、母の時が怖いデス(^^ゞ

チェストツリーさん、実家の母に会ってきました。
元気でした。
人の顔が、ぼんやりしか見えないと言っていました。
手に触って、また来るからと別れてきました。
今できるのはそれだけです。

はじめまして。このブログよく見させていただいてます。私は近隣だとおもわれるM町在住です。
久しぶりに、ブログを見たら私が読んで泣いてしまった新聞記事の事が記事になっていて思わずコメントしてしまいました。びっくりです。
私の父は去年亡くなりましたが、最後の数年は施設に入っていました。脳いっ血の後遺症のせいか母を怒鳴り散らし、また半身が不自由で母が精神的にやられてしまい一緒に生活するのは無理との事からでした。
最終的にはガンを患い、転移し、持病の肺気腫の為手術も出来ず・・・。治療が無いからなかなか病院に入院することも出来ず、施設と病院をいったりきたりでした。
生前は「私は県外だし、姉はフルタイムで働いてるししょうがないよね」って感じでしたが、亡くなって時間が経つにつれてもっとなにか出来なかっただろうか、後悔していました。
その時に、この記事を読みました。
父も、施設にはいたくなさそうでした。でも、車椅子でしたし説得して施設に入れました。最後のほうは、あきらめていて帰りたいとはいっさいいいませんでした。
でも、気持ちを汲んであげるべきだったと思っています。
長文ですいません・・・。

こはりんさん、はじめまして。
心にしみるお話です。
老いるということの厳しさを痛感しています。
昨夕、母に会ってきました。
Y市の文化会館のことを母は覚えていました。
元気なころ、講演会などに行っていたのです。
そのとき目が輝いていました。
でも、視力は弱っています。

親への感謝の気持ちを持ち続けてまいりましょうね。
何もしてあげられない(してあげられなかった)ことを詫びながら…
嘘ではない涙を捧げるだけです。

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