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2014年7月 8日 (火)

さびしくなる一方ですが

先月の21日から母のお墓参りを怠っています。
母のことを思わない日はありませんが、お墓に足が向きません。
もういいんだ、母のことは何も心配しなくていい、と心は落ち着いています。


49日に実家の仏壇にお参りした時、弟嫁が「何でも持って行って下さい」と、母の洋服ダンスの扉を開けました。
母はやせ型だったから、私に着られるものはなさそうでした。
ただ、ふと目に留まった紺系のシースルーのカーデガンだけはもらってもいいかなと思いましたが、ちょうどお坊様がお経を上げに来て下さったので、そのままになっていました。


P1130768_480x640しばらく日がたってから、父方の叔母が
「あんた、祖母ちゃんのもの何もいらんの?私はいろいろもらって来たよ」と電話をかけてきました。
「紺色のカーデガンだけはほしかったけど、あんたもろて来た?」と私が言うと
「鉄紺のあれ?私が祖母ちゃんにプレゼントしたんやわ。もろてきたよ」と叔母は言いました。
贈りり主の所に戻ったのなら諦めるしかありません。
叔母は他に黒のレースのカーデももらったから、そちらを私に譲ると言ってくれました。


叔母の家にもらいに行く約束をしてから、また日が経ってしまいました。
叔母が電話をくれてまもなく、母方の叔母が亡くなったと、弟が知らせてくれました。
94歳が95歳になっていたと思います。
5月5日には、その下の妹といっしょに、母に別れを告げに来てくれたのでしたが、突然の訃報に驚きました。
母の5人姉弟のうち4人があの世に行ってしまったのでした。


父方の叔母も知らせは受けたと思います。
90歳の叔母は「いよいよ順番が近づいた」などと言い出しそうで、私は母の形見の黒レースのカーデガンをもらいに行くのをためらっているのです。
母の妹の葬儀は家族だけで行い、香典、お供えなど一切辞退とのことでした。
さびしくなる一方ですが、この世を去った人々を偲びながら、静かに過ごしています。


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母を思う」カテゴリの記事

コメント

こんにちは
私も母が亡くなった時、姉妹で欲しい物は
それぞれ貰ったのですが、指輪やネックレスは
今でも付けていますが、私が編んだカーディガンや
セーターは思い出にと持って来ましたが、18年間
押入れにしまったまま、見た事も有りません。
見れば捨てられないでしょうから、封印しておきます。
もう自分の番が回って来ているのだから、娘に迷惑
かけないよう、整理しなくてはと思っても、日々の忙しさで
手が回りません。買うばかりで捨てないから困った
ものです。

ウッシーさん、こんにちは

 形見分けは…いろいろと考えますね

近い人はなおさらです。私と姉は私たちが高齢の母に買った綺麗なブラウスを、まず姉が、飽きたころには私が着ております。

母は綺麗な物が好きでしたから,洋服・置物・家具・食器なども使っています。


ウッしーさん こんばんは、

日が経つほどにまた 寂しさも募ってくるようです。
形見分けで頂いてもそれを身につけるには まだ
時が経たないと‥

母が亡くなって二十数年になりますが母がいつも迎えの時、
「⚪︎⚪︎ちゃん よう 帰ってきたな〜」という言葉が 耳に
やきついて 今でも胸があつくなります。

気持ちは正直ですから、そ日が来るまで‥

忘れな草さん、こんにちは。
私の母は、宝石とは無縁でした。
私がまだ元気だった頃の母にもらった物の中で一番値が張るものは、毛皮の襟巻だろうと思います。
母は、義理で展示会に行き買わされたのだそうで「自分には似合わない」といって私にくれました。
私もめったに身に着ける機会がない物ですが、残しておきます。
他には、紫のりんずの道行きコート、新品同様のウールの着物をもらいました。
元気な時にもらってよかったと思います。
亡くなった人の物を欲しがるのは、何か悲しくて、私はもらう気がしません。

dorucasuさん、こんにちは。
私は↑に書きましたように、母が元気な時にもらったものがありますので、大切にしたいと思っています。

しおかぜさん、こんにちは。
私が関東地方に住んでいた頃、母はよく小包を送ってくれました。
お鍋や、茶器なども送ってくれました。
お鍋はもう残っていませんが、客用の茶器セットが残っています。
そして、プラスティックの容器が一個今も健在です。
母の思い出の品は、この家に残っているのだと気が付きました。

 こんにちは(*^_^*)
久しぶり訪問させてもらい一気に読みました。

うんうん、思い出す!お母ちゃんがいつも来てた割烹着は形見分け
できなかったな。淋しくなると匂いかいでみたり・・

いつも着てて、他の高価なものより一番欲しかったな

坊主母ちゃんさん、こんにちは。
コメント読ませて頂いて、急にほしくなったものがあります。
私が母に作った手提げです。
デイサービスに行くとき使っていました。
でも、古くなっていたでしょうし、きっと弟は捨てたでしょうね。

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